これは、Tくん(仮名)の不思議な体験。
その日は雨が降っていたそうだ。Tくんは、いそいでこの雨の中傘も差さずに帰路についていたとのこと。
その日の小学校は五時間授業。Tくんのご両親は働いていて、Tくんが一番最初におうちに帰ることになっていた。学校に行く前、今日は夕方から雨が降るから洗濯物を取り込んでほしいと母から頼まれたのだそうだ。
文句を垂らしつつ、友達とよく遊ぶ公園の入り口前を通りかかった時だった。
いつもの公園とは違う、いやな空気を感じたとのこと。そして、すっともやもやを抱えた。胸あたりがこう、なんともいえず何かで埋め尽くされそうな。息をするのがすごく、苦しく感じた。
Tくんは、この違和感を覚えた瞬間に、下校前に友達としていた会話内容を思い出した。友達のおばあさんが、子供のころから見かけられていた“とある人物”の話。今の時代まで姿が変わらず、言葉や常識も通じない。見つかれば、指を切られてしまうと。
Tくんはその時に“あるわけない”と言いきった。そもそも都市伝説だなんて、と。
ここにいるのが不審者ならば、手に持っている防犯ブザーをすぐに引き抜けた。だが、出来なかった。会話がよぎったその瞬間、じわじわと不安が募っていくのを感じていった。
その時だった。
背後で、声が聞こえた。背筋が凍った。声のした方に目線を送ると、赤い目をしたTくんと同じ年ぐらいの少年が、体より大きい剣を持って立っていたのだ。
声が出なかった、いや、出せなかった。すぐ逃げようと思ったが、足がすくんで動けない。じわじわとほおや額に冷やや汗が垂れてくる。赤目の少年は大きな剣をズルズルと引きずっていき、Tくんの目の前に立ったという。呼吸が速くなっていって、足がガクガク震えた。少年は赤い目をかっぴらき、右手に持っていた白い剣をTくんめがけて斬りかかったのだ。
ぶんっ
そこで、Tくんの目の前は真っ暗になったという。
突然体を揺すぶられ、Tくんは目を覚ました。気がつけば、Tくんは公園の真ん中で倒れていたそうだ。一学年上の子が第一発見者だった。Tくんは大きな剣で斬りかかられたのに外傷は見当たらなったようだ。そして、いつの間にか胸の違和感はなくなっていた。赤目の少年の姿も見当たらない。
一学年上の子にお礼を言った後、Tくんは公園にある時計をみた。六時間授業の時に下校する時刻になっていることに気づく。慌てて立ち上がり、Tくんは走ってうちへと帰って行った。その日起こった出来事を母親に伝えるも、信じてくれなかった。と言うか、逆に叱られてしまった。あれは一体何だったのだろうか、とTくんは友人に伝えようと決めたそうだ。
次の日、昨日起こったことを伝えようとしたが、友人の耳には届かなかった。というより、言葉を発すると同時に、その該当する言葉が口から溢れた瞬間、空気に溶けていくように音が消えていったそうだ。パクパクと口を動かすTくんに首をかしげる友人。
結局伝えることは出来ず、もやもやしたままTくんの今回の出来事は幕を下ろしたのだった。
《本記事は19☓☓年の物となります。また――…》
――――とても興味深い記事だった。これは、もしかすれば今自分が追っている超常現象に、関係があるモノなのかもしれない。鼓動が速くなっていくのがすごくわかった。
コレは早いうちに正体を突き止めなければいけない。自分のこの興味がある熱が冷めないうちに。その前に、この体験をしたTくんを探し出さないと。
ぽつり、言葉が溢れた。
「……キ…くん。会ってみたいなぁ…」
そうだ。あれはある夏の日だった。
幼少期から、ずっと一緒だった………と再会をしたのは。
そして――――――――――…。
――――――――。
その日は、中学校の同窓会があった。二次会も終わった後、帰り道が一緒になった同級生のうちひとりが提案したことにより、半分引きずられるようにして俺は母校の旧校舎にやってきた。
交流のあった同級生の一人が提案したその内容が、ネットに上がっていた学校の怪談を確かめてみようというものだったのだ。この旧校舎は、築八十年の木造二階建てだ。俺が物心ついた時から存在している。一時取り壊しも考えられていたが、俺が一年の頃に過ごしていた二代目校舎の耐震性が低くなっているとのことでそちらを優先することになったため、今も放置されている。見た目は中学時代に見かけた時よりもっと古くなっていた。
「ほら俊!諦めていこうぜ!」
「や~めろっていってるだろ。つか入っちゃいけないだろ?旧校舎…」
「それは当時のことであって今の俺らには関係が無いのだよ俊く~ん」
「当時とか関係ない、事実だぞ」
「ほら、俊。入り口はあちらですぞォ」
自分よりも少し大きく、がたいの良い体をしている須見田(スミダ)にがしっと肩を組まれ、身動きが取れなくなった。そこで俺は諦める。こいつに捕まったら最後、抵抗してもその腕はピクリともうごかないのだ。
結局、中学校からほどほどに近い家がある俺を含めた四人が二次会の帰り道から旧校舎の校門前に集まった。一本の懐中電灯の光が足下を照らしている。
「じゃあ…確認していくぜ諸君」
そう言って仕切り始めたのは、当時学年の中で一番のお調子者と呼ばれていた阿賀谷(アガヤ)だ。今でもその姿は健在で、むしろ悪化したと言った方が良い。ため息を一つする。
「学校の怪談でメジャーなトイレの花子さんとか二宮金次郎像とか見つけに行くことを考えてるが、まず、この校舎には独自で三つあってな。一つ目が校長室の鏡!そこにいってそこにある鏡を夜にじっと見つめてると鏡の奥に黒い狼がみえるんだと!だから、最初にそこへ皆で向いたい」
「お前、びびってるから四人で行きたいんだろ?」
俺と肩を組みながら、須見田が茶化す。
「うるせーちげー!…んでなー、二つ目が理科室にいる男子学生!理科室に存在しているこーんだけでかい犬を飼ってるんだと!」
阿賀谷は、大げさに手を広げ犬の大きさを表現する。が、そのジェスチャーだとその犬は明らかに大きすぎる。
「は?嘘じゃね?」
「いやいや!コレ、どうも最近のことらしいんだ。ネット掲示板にあるオカルトスレを暇つぶしに読んでたらさ、この話が出たんだよ。偶然だったんだけどさ、これてすぐに検証できそうな内容だなーって!だからーその男子学生にあってそいつに今流行りの一発芸をするってのはどうだ!」
だからといって一度に人が向えばその男子学生とやらは迂闊に出れないだろうが…と言う言葉を飲み込む。
「で、三つ目がぁ…屋上にあらわれる少年!」
ぞ く り。
この言葉を聞いた瞬間、なぜか寒気がした。体の一部が何かを思い出したかのように脳に熱を発進させるようにして。なるべく皆に悟られないように、自分を落ち着かせるようにして息を吐く。
「でた!この地域の有名な都市伝説~!未だに原因も解明されていないよな!」
「そうそう!有名なんだよな」
「その都市伝説…内容ちょっと忘れちゃった…阿賀谷くん教えてくれないかな」
今まで静かにしていた和原(ワバラ)が声を出す。彼は俺と同じ高校に通っていた。入学当時、部活・同好会勧誘でオカルト研究同好会の先輩達に流されるまま入部したらしいが、もともと小学校時代に読んでいたホラー小説が好きだったこともあり先輩とも馴染んでいった。そのまま趣味の一つにもなっていったらしい。今回も前から気になってたこともありこの二次会あとに来たみたいだ。
「よくぞ言ってくれた和原くん!…だが今はその時ではない…そのまえにさっき言った二個+αを確認しに行こうでは無いか!はーっはっはっはっは!」
「二次会後でも元気だなー」
「うるさ」
「あっうん…」
元気いっぱいな阿賀谷を筆頭に、俺たちは旧校舎の校門を乗り越え、生徒玄関の方へと足を運んでいった。
ぎぃぃ…
昔の校舎の玄関扉は手動で、しばらく使われて無かったからか重たい。静かな校内の中に開けた音が響く。
「ひぃ、雰囲気ある…」
「三代目校舎は遅くまで残ってても、なんか校内にあるライトが蓄電型だったから、暗くなった瞬間パッて光ってたな…。生徒はともかく先生が帰りきるまでつきっぱなしだったし、そんなに怖くなかったもんな~」
「なつかしいな~」
皆で中学時代の下校模様を思い出して懐かしさに浸ってると、阿賀谷がキョロキョロし始める。そして、暗い廊下に向って動き始めた。
「あ、おい、あぶねーぞ!勝手に一人で行くな」
俺は、おもわず一人で行こうとする阿賀谷のシャツの裾をつかむようにとめる。それにかまわず阿賀谷が進もうとするため、ズルズルと引っ張られる。
「なんだよ!早くしないと夜が明けちまうぞ!」
「だからといって単独行動は危険すぎる!蛇とかいたらどうするんだ」
「蛇って…じゃあ、俊を先頭に隊列を組むか?」
「…それは」
…やってしまった。こうやっていつも俺は一番面倒な位置に着く。この校舎の校長室なんか知るかっての…。そう思いながら頭を働かせる。そういえば、二代目校舎は教室や階数が増えたものの、大体は構造が変わってないって聞いたことを…。
「…今回だけだぞ」
「!」
「とっとと終わらせようぜ。この校舎の謎を証明することよ」
「俊んんんん!」
「うわあっちぃ阿賀谷くっつくな!!」
キラキラした目で腰に飛びついてきた阿賀谷をひっぺはがす。なかなかに離れてくれないものだ。その向こうで和原が何かに気づいた須見田に話しかけた。
「須見田くん、どうしたの?」
「…なんか、聞こえねぇ?」
「え…?」
須見田の言葉に俺たちは固まる。そして、静かになった空間に、音が響いてくる。
きぃ
きぃ
きぃ…ぃ
「(…何かを引きずってる、音?か…)」
俺たちはじっと息をのんだ。本当は隠れないといけないはずなのだが、動けなかった。なにか固いものが廊下でこすれてひどい音が出ているようだ。しばらく息を潜めていると、その音はそのまま奥側にある教室の方へと動いていった。
「…だい、じょう…ぶ、みたいだな…」
「…やっっべぇ、まじで俺たち以外いないはずだよな?ここ」
「う、うん…」
「…めっちゃテンション上がってきたわ、俺」
阿賀谷はそういうと、俺から離れて音が聞こえた方向を見てキラキラした目を見開いた。その隣で須見田が青い顔をしてその大きな体をちいさくさせている。
「須見田くん、大丈夫?」
「…」
須見田は、その後“なぜか”返事をしなくなった。相当不気味に思ったのだろうか…和原はそんな須見田を見て何か思ったのか、意を決した表情をして俺と阿賀谷に話を持ちかけてきた。
「ねぇ二人とも。最初は皆で回るって言ってたけどさ…」
「?おうよ」
「須見田くん怖くて動けなくなってるみたいなんだ」
「え?」
阿賀谷が驚いた。俺はあまり関わってこなかったから知らなかったが、どうも怪談話や不思議な出来事などの話が好きらしく、でこんなに怖がるようなことはないらしい。
「んーしゃーねぇな…じゃー俊と校長室に行ってみるわ」
「え?お前マジで言ってんのか?」
阿賀谷の発言に俺は食いつく。普段とは違う様子の友人に対しての態度ではない。
「だって、今がチャンスって事じゃん?」
「だからといってお前…!」
「っお、俺のことは、いいよ…和原と…ここ、で待ってる…」
俺たちをとめるように須見田が言葉を発する。先ほどまでのハリが無く、少し声が震えている。和原がそれに続くように言ってくる。
「ほら、本人もそう言ってるし…。須見田くんは僕にまかせて、行ってきていいよ」
「…」
自信を示した表情で和原がいう。その隣で申し訳なさそうに須見田がうなずいた。はぁ、と一つ口から漏れた空気を出して、俺は2人の前に向き直った。
「わかった…万が一のことがあったらすぐにメッセージ送れよ」
「うん、二人とも気をつけてね」
「さんきゅ」
「あいよォ」
和原と須見田に見送られながら、俺と阿賀谷はこの先にあるはずであろう旧校舎の校長室へと向かった。