できるようになりたい、けれど。
「おはよぉ…ねぇ郡斗、髪お願い」
「あ、郡斗するなら俺も俺も!」
「…」
あるお泊まり会の翌日、ところは洗面所。黄架、諒、郡斗、丹雅、琉璃、俊、勇汰の7人は前日から諒の自宅で飲み明かしていた。今は10時前だ。
「黄架、そろそろ自分で簡単にやるみたいなことしない?」
「きっちりやってもらってきてるのに慣れちゃってっからやだと言わせてもらうよ、やだ!」
「やだとかいわない。あとね、俊は便乗しないの」
「ブー!!」
この時間より前に起きたのは郡斗、俊、そして黄架だ。黄架は手先が不器用だ。髪の毛も結ぶのに一苦労。さらに折り紙もかなり集中しないと作れない。
「というか、郡斗あんなに飲んでいたのに元気いっぱいかよ」
「俊もだろ…あと黄架みたいに元気いっぱいじゃないからな?」
「まぁまぁ飲んだ俺は同じ舞台に立てないのな…」
各々が顔を洗ったり歯を磨いたりしていると、この家の主である諒が眉間にしわを寄せて洗面所に現れた。そのまま郡斗の元に行き、肩に顔を乗せる。
「お、あよ~…うあーちょっと頭痛する…」
「おはよう諒。最後まで勇汰と張り合うからだよ…」
「だって…イテテテ…」
「もしあれだったら漢方いるか?手持ちにある」
「ありがたき五苓散様…あなた様のおかげで今日も頑張れそう…」
「俺は五苓散じゃない」
頭で郡斗の肩をぐりぐりする。そんな二日酔いの相手にも通常通りに郡斗は接する。その瞬間、諒の顔に手を持って行き、そのまま握りつぶすように力を入れた。
ギリギリギリ…
「あーだだだだだだ!!やめて顔面アイアンクローやめて!!頭痛増す!増しますから!郡斗!ねえ!!ごめんなさい!!!」
洗面所から家全体に諒の悲鳴が響き渡る。この家が一軒家でさらに周りに人気が少なかったのが救いだ。それとともに起こされて不機嫌な琉璃と眠たそうな顔の丹雅が顔をのぞかせた。
「おはよ、っていっても…もう10時か…元気だね…ふあー…」
「その声丹雅か!!!!俺をたすけてくれ~!!!!ぐあああ自分の声でも頭が!!!」
「…あー、うるさいんだけど諒。お黙りなさい…ていうか郡斗また怒らせたの?懲りないね…うう、頭いてぇ…郡斗あとで五苓散ちょうだい…」
「丹雅に琉璃おはよう。琉璃も五苓散いるほど頭痛めてるの?それはまた珍しいね…」
「昨日は、途中から記憶がない…うえ…いたい…ついでに吐き気も…その漢方もちょうだい」
琉璃の顔色は良くなく、いわゆるグロッキー状態だ。俊が背中をさすっている。
「完全に勇汰のペースにのまれた…あいつ強すぎる…ついでに丹雅も…」
「俺ら3人みたいに飲む量制限した方がしんどくないのになぁ」
「心に刺さるし耳にいたいから…俊もお黙りなさい…うえ」
洗面所が賑わう。その中をブラシを持って抜けだし先に居間へと赴いた黄架は、郡斗に言われたように自分で結わえようと努力する。だが、うまくいかない。
「ああ、くそ」
もたつく手がいつもいやでたまらない。仲間にああ言われて練習をするも、いつも諦めてしまう。ため息をついていると、丹雅がやってきた。
「あれ、一人で結ぼうとしてる」
「郡斗にああ言われたから、今日は、つい、やだっていったけど、それ以上に今日こそやってやろうとおもって…でも、できない」
「…黄架。たまには僕の髪を練習台にしていいんだよ」
「え…えっ??」
丹雅の言葉に驚きじっと見つめてしまう。丹雅は時折こんなことを言ってみんなを困らせていると知っていたがそれがまさか自分に降りかかるとは。頭で考えていると丹雅はお構いなしに黄架の目の前に座った。
「自分のばっかりでつまんなくなったっていうのもあるんじゃないの?」
「…わかんねぇ。全然。泰蜜も何も言ってくれねぇし。確かに丹雅の言うとおり俺はこの自分の髪しか触ったことがない…」
「だから、僕の髪だ」
「丹雅の髪…」
黄架は説明不足なところがある。そして見た目に反し強引なところも持ち合わせている。そんな丹雅に黄架はなぜか逆らえない。自分でもわからない。言われるがまま、黄架は丹雅の髪を触った。
「…俺と違う…」
「でしょう。黄架の髪とは違うでしょう。じゃあお願いするよ。このまま僕の髪を黄架の髪型にしてくれないかな?」
「…わかった…下手でも文句言うなよ?」
「もちろん」
さらに言われるがまま、黄架は丹雅の髪を普段の自分の髪型へと整えていく。一束もって、二束めももち…いつも誰かが自分にしてくれる髪型。途中で髪を引っ張りすぎてしまったり、上手く整わなかったり。結っている時間がかなり長く感じる。手を離したときには不格好だが彼の力作ができあがっていた。
その完成した髪型を見て黄架は絶望した。己の不器用さを呪った。
「(やっぱり、俺の手は)」
いくら温厚な丹雅でも自分から言ってきたとはいえこれには不満を抱くだろう。他のみんな…とくに郡斗にはさらに説教をされるに決まっている。そう覚悟したときだった。隣の部屋からビリで目を覚ました勇汰が居間に入ってきた。
「おーはよーございまーす。お、丹雅さん似合ってますねその髪型!」
「だろう?黄架が結わえてくれたんだよ」
「え!黄架さんとうとう自分から人の髪結わえるようになったんです!?いいなぁ~」
「しかもこれは黄架のしている髪型なんだ。本人からやってもらえてうれしいよ」
「いいないいな~!!!俺あと黄架さんだけなんですよ髪を結ってもらってないの!一番最初にやってもらおうかと思っていたのにぃ~!」
その反応は、黄架が思っていた物と違っていた。予想外のことも起きた。この不格好な髪型を見てうらやむ物好きも見つかってしまったことにも驚きを隠せないでいた。
「黄架さん、俺も今からやってもらっていいですか??」
「え?正気か?正気の沙汰ではないな?????」
「だって丹雅さんだけずるい。今まで仕掛けてきた俺のトラップ全回避したくせに丹雅さんの言うことは聞くんですね黄架さん」
「う、、それは…」
もごもごしていたら洗面所にいたメンバーも居間に集まってきていた。
「なに、どうしたの」
「郡斗さん!!聞いてくださいよ!黄架さんが丹雅さんに髪を結ってあげてたんです~!」
勇汰の放った言葉に皆が反応する。黄架はさらに覚悟をした。ひどい罵倒も受け入れる覚悟もした。だが、それもまた杞憂に終わった。
「はぁ?黄架よう、今更丹雅の髪をさわったんかよおっせーな!いって自分の声で頭が!」
「だーかーらー諒ー、声がでかい…丹雅なんだかうれしそうだな…ごめ、まだ気分が」
「琉璃、水飲もうよ…あと黄架俺の髪もやってくれ~」
「はぁ、やっとか、お前の不器用をモノにするスタートラインに立てたのは」
「(ああ、なんだ)」
不器用でも、受け入れてもらえるんだ。不器用ながらも不格好でも。
そう思った瞬間肩の荷が下りた。ここにいるみんなにはこの不器用さは通じる物と考えていいんだと。
少し顔を逸らせた後、皆に向かい自分の中で一番自信のある表情をして言い放った。
「お前ら、気に入らないからほどくとかは俺のいないところでやれよ?俺の心は豆腐だから」
「豆腐だったら俺がガミガミ言った時点で崩れてそぼろ豆腐になっていると思うんだけど」
「じゃあそれでもいいよ残っているんだから!!!」
特技じゃないけれど。一つ。何回か重ねれば乗り越えられそうな気がした。