こっちを向いて俺に話せ。

これは、ある夏の昼下がりに起きた出来事。

 

 

いつものようにクーラーを効かせた部屋で珍しい物ノートをまとめていた雅木の元に、聞き慣れた声が訪れた。

 

「まーーさき!!!ワイン飲もうぜ!」

ドンドン

 

「…え?」

 

雅木の手の動きが止まる。おそるおそる玄関に行ってドアを開けるとすぐに声の主はわかった。香輝世だった。

 

「おっじゃまー!今日は飲む日だって決めてたし雅木と飲みたいとも思ったから突撃で来ちゃった!あはは!」

「前に突撃せず必ず連絡を入れろって言わなかった?香輝世…」

「え?まじ?」

「(俺の方がまじ?っていいたい…。)」

 

香輝世が酔っているときに注意はだめだった…と雅木は頭を抱える。正直、香輝世が素面の時が全然わからないのもあった。文面でも言った覚えがあるが、あれも効果があったのかわからずじまいである。

 

「で、香輝世はもう飲んでんのか…」

「え、よくわかったね、そう家でちょっと飲んでさみしくなって…来た☆ははは!」

「その締まりのない顔が大ヒントなんだよ…」

 

そう言って雅木は香輝世のほおを引っ張る。もちもちしている。気持ちがいい、ずっと触っていたい。

 

「そんなに触ってもなにもでねぇぞ~?まさきぃ、へへ」

「!!…これは、なんでもねえっつの!」

 

ハッとして手を離す。これはいつものパターンだ。どうしても香輝世のほおには抗えない。雅木が顔を覆ってため息をついていると、トンと音がした。机に一本ワインが乗っかっている。

 

「ふふふ…おつまみもきちんと持ってきてるんだぜ、この際飲まなくてもいいからさー雅木。いろいろ話聞いてくれよぉ~」

「…話は聞くけど。ちょっとこっちの話を先に聞いてくれ」

「ん~?何?」

 

 

雅木には香輝世に対しずっと気になっていたことがあった。それは、素面…休酒をしているか、だ。いつも会うとほろ酔い。対面で飲み続け笑い上戸の彼は高笑いし酔い潰れる。介抱は日常茶飯事、だが全然いえずにいた。さすがに試合の時は飲んでいないと思うが、それも確認しづらかった。実は、人付き合いが苦手だ。隣県チームには真面目で話がしづらい奴と認識されていると考え、そのままぐるぐると今に至っている。

 

 

「あのさ、酒、休んでる?」

「…休む?」

「おう、酒を休む…」

「…なんで、そんなこと聞くんだよ」

 

香輝世の顔が歪む。こうなると彼は手をつけられない。優しいという見た目に反し中身はきついのだ。酔えば酔うほど増す。怒らせたという自覚を持ったまま、雅木は黙って頭を回転させる。

 

「……」

「今から飲むのに、なんでそんな話を今からしなきゃなんねぇんだ?」

「…それ…は、申し訳ないって、思ってる。…だけど聞かないと…」

「するわけねーだろ?すればせっかくの楽しい気分が下がってワインの味が旨く感じられない」

「…詫びはちゃんとする…から」

「…」

 

殴られてもかまわない。ただそれだけだった。いつもならお互いが口を滑らせ売り言葉に買い言葉、喧嘩に発展するが今日は違う。じっと目を向ける雅木を見て、香輝世は不機嫌そうに話を聞く態勢に入った。

 

 

「…で、なんだよ」

 

 

その声も不機嫌そのものだったが、そんな香輝世に対し雅木は整理した言葉を発していった。

 

 

「…俺は、今までずっと気になってたんだよ。いつもお前に会うとワインを飲んだ後だ、笑って飛んで動き回って。最初はそれがほんとのお前だと思ってたんだよ。そういう香水をつけているんだとも思ってた。だけど、この間茜凜せんりが深しんと話をしていて、俺はそこを偶然通りかかった。その二人が聞いてた内容が耳に入って…本当のお前がわかんなくなったんだよ」

 

だんだんうつむいてしまった。きっといつもの喧嘩をする顔になってるに違いない。話し終わった後、そのことばかりが脳内をぐるぐると駆け回った。上手く言葉も出ていかなかった。

 

 

「毎日飲むのに対して何か言うわけじゃないけど、ついでにそれが俺たちには関係がなくても…でも、それでも休むことは大事だと思ったし…それで…」

「…わかったよ。教える。じゃあ一つ約束してくれ」

「…え…やく、そく?」

「今日はもうこのままいるけど、次は連絡入れるから外で一緒に飲んでくれよな」

「…お…う!?」

 

 

そう言われ顔を上げると、驚くことに彼の表情が、自分の知らない顔になっていた。凜とした目はこちらをとらえている。いつもは溶けているように見える口もきゅっと閉まっていた。その口がゆっくりと開く。

 

 

 

「あのな雅木。俺は、しんどそうな顔ばかりしているお前に、元気になってほしいと思っていたんだよ」

「…え?」

 

 

衝撃だった。頭に稲妻が走るとはこのことかとも認識した。驚いて固まってる雅木に香輝世は続けて言う。

 

 

「リーグのことはなにげに深から聞いてたりした。まぁまず俺と初めて会ったときとかおぼえてねーだろ。俺ずっとお前のことにらんでてさ。ライバルだって思ってて」

「え、えっ??そ、そんなことあった、か?」

「あったよ!!はぁ??うわー忘れてやんの!!あん時めちゃくちゃお前に文句言ってたりしたじゃねーか!ひっでーこと言ってたのに…今思い出せよ!」

 

だんだんヒートアップしたのか、香輝世が声を荒げる。いつもの口調でいわれ、雅木もカチンときて言い返す。

 

 

「あ???思い出せよってお前、無茶言うな!そんなすぐに思い出せねぇよ!ばーか!」

「うるせぇ!!馬鹿って言った方が馬鹿だよ!今度会うときは思い出しとけよ!聞くから!!!…そんで、お前の試合は、実は中継にしろ現地にしろ絶対見てたんだよ!勝っても負けても分けても!…でも、お前の表情は動かなくって…それがっ俺にはもやもやしてもどかしくて!」

 

 

いつの間にか、真剣な目からは、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれている。雅木はぎょっとする。これもまた見ない顔だった。

 

 

「…みんなにも全然笑顔見せないってきいてたのもあった。だから笑ってくれりゃあいいなって。楽になってほしいなって思ったんだよ。お前に会うときは必ずワイン2本開けてほろ酔いして会いに来てた。お前を…困らせてたんだったら…ごめん」

 

 

そう言い、香輝世は頭を下げた。雅木はどういう顔をしたらいいかわからなくなった。慰めの声をかけたらいいのかもわからなくなった。ただ、それでも彼に対し照れくさくていえない言葉。いつの間にかその言葉が口からちいさく出ていた。

 

 

「あり…がと、う」

 

 

その言葉に香輝世が顔を上げる。

 

 

「…なんて?」

「…え?」

 

 

雅木はハッと我に返る。今自分がなんて言ったか。いつも思っていたけどいえない言葉が口から漏れたこと。目を逸らし精一杯隠す。

 

 

 

 

「ねえ、雅木今なんてった?」

「───……は?言ってねぇーよ!どうせろくに聞いてなかっただけだろ!!!」

「…はーー!!!??なんだその言い方!!!」

「うっせーいつも言ってるだろーが!!つかワイン2本でほろ酔い!?飲み過ぎだよ!!!!今日も2本飲んできたのかよ酒好き!!!!」

「今日は余裕なかったからコップ一杯だわ!!!!お前も飲むときゃ飲むだろ酒好き!!!!」

 

 

急にキレられ、香輝世の涙が引っ込む。2人の表情は険しくなっていった。

まさかここでいつものように喧嘩が始まるとは。言われた言葉を買いながらも、雅木は言ってくれた言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

お互いやっと、心に詰まっていた事が、いえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつらいつになったら思ってること言うんだろうね…若干挟まれているので困った」

「まぁー大丈夫じゃないか?香輝世くんは時期を見て言うだろうし。ほら、雅木くんは香輝世くんに負けず嫌い発動する人だし」

「茜凜さんはそういうけども…あー早く解決してほしいなぁ!!!」

 

 

「案外今日だったり、してね」